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ご紹介
小田原で干物が作られるようになったのは、小田原北条氏(戦国時代 1495〜1590)の頃という説もありますが、江戸時代に入って、地場で揚がるあじ、かますを開き干しにして、保存食として商いしたのがそもそもの起こりといわれています。魚の仲買業の副業として製造された干物でした。今では、地場産を始め、世界各地でとれた旬の魚を原料に、伝統的な技術と衛生的な量産設備で、年間6,000トンの塩干品を全国に出荷しています。
昭和38年、22の組合員により小田原塩干水産加工業協同組合が発足。以来、継承される伝統の技術を駆使した美味しい小田原のひものの味を守り続けています。小田原漁港のイベントへの参加をはじめ、学校給食事業などにも積極的に参加。地元の生活者への理解を深めてきました。平成20年3月には、地域団体商標登録を取得。特許庁より「小田原ひもの」の地域団体商標を取得しました。平成20年4月、小田原塩干水産加工業協同組合の事業を継承しつつ、小田原ひもの協同組合を設立しました。